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ルシイー二次創作小説、「アンドロイドは理想世界の夢をみるか?」

ほとんど生まれて初めて二次創作小説っていうものを公衆の面前に晒しました。

せっかくエルシャダイにハマり直してルシイイイイイ!ってなってるからこのパッションをどこかにぶつけようなんて酔った頭で考えたのが駄目だったみたいで、内容ぐらぐらのルシイー小説ができました。

現パロでルシフェルがアンドロイド設定です。

神様っぽいノリのアホほど軽い人物が出てきたり、全体的にキャラ崩壊してます。

イーノック
大学生で図書館でバイトする好青年。あんまり細かいことは気にしない。
ルシフェル
尊大でわがままでちょっとずれているイケメンアンドロイド。見た目は30過ぎくらい。
ミカエル
人間だけどルシフェルの弟。イーノックと仲良しで読書好き。やや堅物。30過ぎ。
サリエル
イーノックの学友。彼女がたくさんいる恋多き男だが割かし常識人。
アルマロス
イーノックの学友。小説には出てこない設定だけどダンサー志望。ちょっと気が弱いが楽天家。
ナンナ
イーノックが勉強を教えている女子高生。祖父の店を手伝うしっかり者。
シン
ナンナの祖父。お面集めが趣味。料理店「自由の民」の店主。
博士・神・父さん
ルシフェルの生みの親でミカエルの養父。神とあがめられる偉大な科学者。実年齢は不明だが、見た目は40代。


それでも良い方は追記より。


アンドロイドは理想世界の夢を見るか?

 
 梅雨時。
 例年より雨量が多いとニュースで言った通り、バケツをひっくり返したような雨が降っては止み降っては止みしている。
 ビニール傘はコンビニでワンコインの代物で、大きく激しい水滴にはあまり効果を発揮しない。元々がたいの良い彼では傘が些か窮屈なのも災いしている。
 白いTシャツが水気を吸って、肌がうっすら透けている。これでは傘を閉じてアパートまで走ったほうが良いかも知れない。大通りは道幅が広いし整備されているから歩き良いが、少々遠回りだ。近道をしようとイーノックは普段は真っ直ぐ通り抜ける道を左に曲がった。



 排水があまり上手くいっていないのか、容量を越えてしまったのか、裏道の路面は少し水が張ったようになっている。それを跳ね上げながら家路を急ぐ。もうすぐ廃棄された自動車が山と積まれた空地が見える。そこを過ぎればもうすぐ家だった。
 脇目も振らずに走っていたつもりだったが、何とはなしに集積所の方を見てしまい、すぐに背筋がそそけ立った。

 誰か、人形のように座り込んでいる。

 どんな事故をおこしたらこんな風になるのかわからない壊れかたをした車の残骸にもたれ掛かるようにして誰がいる。
 白い白い死人のような肌をしてピクリともせずに座り込んでいた。投げ出された脚は長く、細く、その人がとんでもなくスタイルが良い事をうかがわせる。
 本来こんなことを気にしている場合ではない。怪我人か病人かも知れないし、ならば容態を確認しなくては。若しくは、考えたくないが、もう命がないのなら責任をもって対処しなくてはならない。それでも、夜のように薄暗い雨の中で白い肌がぼんやりと明るく光るように見え、その光景は幻想的だった。 
 この廃棄場は関係者意外立ち入り禁止の看板を掲げてはいるものの、出入口を塞ぐ鍵が壊れて久しい。その上、誰も修理しない。よって、好奇心旺盛な子供達が親や教師に止められながらも遊び場として入り込んでしまうくらいには、有名無実の立ち入り禁止なのだった。イーノックは錆が浮いた金網の扉を押し開ける。ぎぎい、と悲鳴を上げる蝶番に戦々恐々としながらも、廃棄場に足を踏み入れた。

 砂利が敷かれただけの地面には勿論排水溝もなく、茶色く濁った雨水がタイヤ跡を小さな川のように流れてゆく。スニーカーの中はもうぐしゃぐしゃだし、傘はとうに畳んでしまったから、濡れるのも汚れるのも最早どうでもよい。滑ってしまわぬように気を付けながら、出来るだけ素早く駆け寄った。
 その人は男性のようだった。よれたシャツに泥塗れのスラックス。どちらもサイズはあっていないようだった。肌に触れると冷たい。死という非日常に触れてしまったような悪寒が走ったがまだ決まった訳ではない。肩を叩いて耳に口を寄せる。
「だ、大丈夫ですか!?しっかりしてください!聞こえますか!!」
 たしか、自動車教習所ではこうしろと言っていた筈だ。本当は脈だのとって確かめれば良いのだが、医学の知識は皆無で何処に手を当てれば良いかもわからない。
 名前を呼んだ方が効果的かも知れない。
 何か身分が解るものでも携帯していないだろうか、と失礼とは思ったがポケットがあると思われる腰の当たりに触れる。膨らみがないからきっと何も入ってはいない。
 諦めてもう一度声を上げ、それで駄目なら救急車を呼ぶつもりだった。投げ出された脚の間に座り込んで、身を乗り出して薄いながらも広い肩を掴む。目の前には項垂れたままの頭がある。芯まで濡れてへたりと垂れているのに艶を失わない闇のような黒だ。

 ヴン…

 パソコンの起動音のような音が不意に聞こえた気がした。酷くなる一方の雨音のなかで聞き間違えかとも思ったが、顔を上げる。
「っ!」
 息が一瞬止まった。
 温度のない白い肌と細い造りの顎。パーツはすべて完璧な形と大きさで、ここぞと言う所に配置されている。30をやや過ぎた程の麗人だ。髪と同じ色の細い眉の下には長い睫毛に囲まれた形の良い目。驚くのはその色だ。ガーネットのように紅い瞳が温度なくイーノックの小麦色の顔をうつしていた。
 それが、視界を埋めている。男が項垂れていた頭を上げたのだった。
 生きている!
 肩を押さえて軽く揺さぶって見たものの、反応はない。イーノックの声も聞こえているのかいないのか。
 目は酷く虚ろで、イーノックの方を向いているだけで焦点が合っていないし、肌は相変わらず雨水と同じ温度だ。
 とにかく救急車、とジーンズの尻ポケットに手を伸ばす。じわりと水が滴り落ちる程濡れたソコに手を突っ込んでから気づいた。
 携帯、水没してる。

 ザーザーというノイズ音が男の薄い唇から漏れていることに、愕然としたイーノックは気づく事ができなかった。



 男を背負って自宅となっているアパートになだれ込んだ。体重は細身の見た目通りなかなか軽かったが、背丈はイーノックより高い。背負うのは一苦労だった。おまけに体温はないに等しく、雨に打たれた体には堪えた。
 生きている彼を放置して電話を探しに行くのは憚られた。アパートまでは5分とかからないのだからと、ここまで運んでしまったのだ。夏なのにカタカタ震えて定まらない手で鍵をあける。ナメクジが這ったあとのように湿った跡をつけながらたどり着いたのはソファーと小さなテーブルがあるだけの居間と流し場が一緒になった部屋。
 ソファーに助けた男を寝かせると長い脚がはみ出して床に着いてしまう。もともと量販店で購入した安物だし、そんなに大きくも無いからなんだか申し訳なくなってしまった。救急車を呼ばなくては、と思って立ち上がるとクラリと視界が歪んだ。これはまずいとは思ったが寒気がして終には崩れ落ちて昏倒してしまった。



 寒い。ああ、寒い。
 漠然と感覚だけが戻ってきて、はて、なんでこんなに寒いのかと不思議に思った。今、家にいるんだろうし、たしか夏だったはずだし、エアコン切り忘れたかな。
 なかなか浮上しきらない意識と戻ってこない記憶。アレアレと考える内に体の芯は冷たいが、体表が不思議と温かい事に気づいた。と言うか、発熱する何かに体を絡めとられている。
 一体なんだと薄目を開けるが、視界はボヤけて良く見えない。まるで酷い雨の中にいるようだなぁ、と思ったあたりから頭がガンガンと痛み出す。ダルい、関節が痛い、気持ち悪いと続いて、やがては風邪の諸症状だと気づいた。寝返りがうちたくてみじろぐ。
「ろっとぉ、あまり動くと床に落ちるぞ?」
 呂律の回り切っていないような感嘆付から始まる低音ボイス。ぎょ、として一旦動きを止めたものの、結局は耳元で 「ふっへへ」なんて吐息交じりに笑われたせいでイーノックは床に落下した。
「おいおい、そりゃないんじゃなあかな?自分で拾って来たくせに。」
 肩を強か打ち付けて悶絶している所に降りかかるのは、やはり深い深い男性の声。こんなに美しい声なんか聞いた事がない。じゃあ誰?拾った、なんてイーノックには人間を猫の子みたいに扱う趣味はない。
 回転速度を落とした頭が少し前の出来事を思い出したのは床に落ちてから十数秒後の事だった。
「あっ、」
 思い至って直ぐに跳ね起きる。三半規管がいかれてしまったのかと心配なくらい体の軸が定まらない。これが重力か、なんてらしくない事を実感してしまう程にはイーノックは困憊しているらしい。ようやっと肘をついて上半身だけのしあがったソファーの上で、もうダメだと言うように突っ伏す。
「コラコラ、しっかりしろよ。」
 全く、と言った風に体を持ち上げられてソファーに横に寝かされた。がたいの良いイーノックについても、脚がはみ出してしまうのにはかわりない。
「このソファー、買い換えるべきだな。」
 やれやれ、と呆れた声に首を巡らせれば、ソコにはさっき瀕死の様子だった男がいた。まだ湿ったままの髪が顔に少し張り付いていて、とんでもない美顔がほんの少しだけ親しみやすい気がした。もしかしたらさっきの体温は彼かも知れない。
「…あなた、は」
「ああ、なんとか起動できたらしい。雨続きでエネルギーが切れかかっていたから勝手に充電させて貰ったよ。」
 訳がわからない言葉の羅列にいよいよ混乱をきたしそうだが、どうやら彼は無事らしい。ほっ、と息をつくと、柳眉を潜めて睨まれた。
「おい、話を聞いているのか?」
「…だ、大丈夫だ。問題…ない。」
 濡れた服が気持ち悪い。ああ、違う。もう具合が悪いんだ。
 男の無事を確認して気が抜けてしまう。眠りに落ちて行く意識を繋ぎ止められないまま、途切れるように意識を失った。
「おい、おい?あー、全く。仕方がないな。」
 男は呆れた様子でイーノックを見下ろしていた。



「おはよう。と言うんだろ?」
「…おはよう。」
 喉がカサカサとして声が上手く出ない。唾をのむにしても痛いのは風邪を引いてしまったからに他ならない。
 目の前の満面の笑みと言った男をキョトンと見ながら返したが、甚だ奇妙な挨拶だ。枕元の日付もわかる目覚まし時計では日付が変わっていた。眠っている間昨日の出来事の整理は付いたが、今現在のこの状況はなんなんだ?
 使い慣れたベッドの上で向かい合うようにして昨日の男と寝ている。あまつさえ、体を密着させてぬいぐるみのように抱き締められている。カアッと顔に熱が集まった。何しろ目の前の彼は歩けば誰もが振り返りそうなほどの美男で、そういう趣味はないが妙な反応になるのは致し方ない。服は全て乾いた別のものに取り替えられていて…。
「あっ、わ、まさか、その、下着…。」
「濡れたまんまじゃ体に悪いらしいから勝手に変えさせて貰ったよ。ついでに私も借りた。」
 しかし、実際に体を動かすと言うのは思っていたのとは大分感じが違うんだな、などと訳のわからない感想を述べている彼の話など最早聞いてはいなかった。
 焦ってベッドから転げ落ちて、今度は頭を強打する。夢なら覚めろ、こんなに痛いんだ、ほら、と念じたが、目を開ければ麗人が美声で何かを捲し立てているばかり。
「大丈夫なのか?9時間程前にもそんな風に転げまわっていたが。あ、昨日もって言った方が自然だな。もう日付もかわったし、夜が明けたしな。」
 要領を得ないとりとめのなさ。言葉が回りくどいのだ。兎に角どうなっているのか把握するのが第一と涙目のまま床に正座してベッドの上で毛布をひん丸めてぬいぐるみにするように頬擦りしている男を見上げた。
「ろっと、体温が常人の平均体温よりずいぶん高い。具合が悪いんだろう?これでも掛けろ。あったかくしたほうがいいと聞くからね。」
 さっきまで年甲斐もなくじゃれついていた毛布を肩に掛けられる。毛布の下からあらわれた服は確かにイーノックの物だ。少しブカブカのジーンズと友人のアルマロスが何処かに旅行に行った際の土産にくれたTシャツ姿だ。水色の地にかわいいクジラが描いてあるという、不思議なセンスの逸品である。いくらなんでもソレ着なくても、とは思ったがアンバランス過ぎる方が親しみ易さが出て安心できるので黙っておく。話が無軌道過ぎてどうにも掴めないが、なんにせよ悪い人ではないらしい。
「…貴方は何者なんだ?」
 掠れた声で問えば、うん?と形の良い目を細めた。
「あー、そうか。情報の共有は無意識にはできないんだね。面白いが不便だ。私はルシフェルという。見ての通りのアンドロイドだよ。」
 よく訳がわからない部分を割り引いても聞き捨てならない単語があった。
「…アンドロイド?」
「そう。アンドロイド。知らないのかい?」
 なら説明しよう、と口を開きかけるのを押し止める。
「知ってる!わかる!ホントに大丈夫だ。」
「ああ、そう。」
 何とはなしに不満げだ。思うにこのルシフェルというアンドロイドは割りと話好きなのかもしれない。先ほどからのかみ合わない会話からするに元来無口なイーノックでは太刀打ちできぬままに流されて、何を聞きたかったかも忘れてしまいそうだった。
 よくよく見ればほっそりした首の横に端子が差しこまれ、そこから細いコードが出ている。その先はイーノックの家のコンセントに繋がっていた。
「なんでその貴方があんな所に…」
 アンドロイドとは人工知能を搭載した人間型の機械だ。開発当初は二本足で歩いただけで話題になったり、表情を再現してみる事にも苦労していたようだが、最近では生身の人間と寸分違わぬ容姿を持つものもあると聞く。恐らくルシフェルはその類いだ。精巧なものの値段は目玉が飛び出る程。マンションが買えそうな金額を提示されて、アナウンサーがひっくり返っているのをワイドショーで何度かみた。
 より一層、なんであんな所にいたのか謎である。廃棄するにしては全く不備など見当たらない。まぁ、多少尊大な所は見てみぬふりだ。ルシフェルの容姿はあまり外見にこだわりのないイーノックから見ても洗練されている。それに、ここまで人間染みたアンドロイドも他に見たことがない。
「まぁ、聞きたい事はたくさんあるだろう。私もたくさん知りたい事がある。だが、また気絶されても困るから…」
 言いかけて言葉を止めるので何かと思えば、軽々とベッドの上に引き上げられてしまった。そして元のように抱きすくめられて引き倒される。
「な、わっ、あ」
「ふっへへ。面白い顔をするんだな。こうやって話をしよう。私には一応体温があるから君を暖められるし、これなら気絶しても怪我しないしね。」
 さも良い考えだ!という顔で微笑むので、意見する気も無くなる。抱きしめるということに特別な意味があるなんて知らないだろうし、どっちも見た目は男だし、まぁ
「…大丈夫だ。問題ない。」



 ピンポーン、ピンポーン!
 ザアザアと強い雨音にかき消されない電子音が高く鳴った。しかし、家主は顔を出さない。男二人が心配そうに顔を見合わせて首を傾げる。
 一人は褐色の肌をした白髪の男だ。人懐こい顔立ちを曇らせて、外側からは見えるはずのない除き穴を見つめている。ガッチリした体格だか、筋肉はしなやかで、躍動的な雰囲気が漂っていた。彼はアルマロスという。
 もう一人は真逆の印象を持つ。タンポポのような猫っ毛の金色が頭で揺れている。血色の悪い肌に栄養状態が気になるほど痩せているが、至って健康体だ。少しギョロリとした眼の下には隈が浮いているのも気になるのだが、愛しの彼女らと過ごした日以外は睡眠時間は充分とっている。彼はサリエル。
 二人ともイーノックの大学の友人だ。真面目な彼が今日学校に来なかった上、連絡が取れなかった事を心配して自宅を訪れたのだった。
「イーノックー、どうしたのー?」
 アルマロスがトントンとノックをするが、やはり反応はない。
「最近課題キツかったからなぁ。寝込んでんのかも。」
 サリエルも落ち着かない様子で答える。
「うん、昨日から少し寒いしね。大丈夫かなぁ?僕ちょっと心配。」
「うーん。」
 互いにどうしたものかと考えあぐねていると、誰かがドアの向こうで動く気配がした。ガチャガチャと音がして扉が開く。
 イーノック!と二人して叫びかけだが、その名が紡がれる事はなかった。かわりに、クジラの歌のような悲鳴と、コウモリの超音波のような悲鳴が響き渡った。



 ややあって、イーノック家の居間には先程の二人の男がどん暗い顔で俯いていた。心なしかげっそりした様子である。目の前のテーブルには湯気のたつマグカップ。中身はココアだ。
 アルマロスとサリエルは気だるげに扉を開いたルシフェルを見て絶叫してしまったのだ。あまりに現実離れしたルシフェルの容姿が要因の一つだったが、何よりイーノックの家に見知らぬ30絡みの男がいたと言うのも衝撃的だった。その上、追い討ちをかけるように(これが一番の原因であるのだが)ブカブカのジーンズがストーンと落ちて立派な逸物が見えてしまったのもいただけない。で、現在二人の頭にはルシフェルの鉄拳制裁の名残が熱を持って自己主張していた。その付近に座してココアを啜りながらイーノックが昨日今日の出来事をかいつまんで説明し終えた。
「…という訳なんだ。」
 勿論、裸にひん剥かれたことや、ぬいぐるみ扱いに抱き締められたことは伏せた。まぁ、お陰で風邪はほぼ快復してやや喉が痛いだけとなったのだが。
「はぁー。なんだそりゃ?あの人、アンドロイドなのか?」
 サリエルがコブに氷のうを当てながら問う。現在、裕福な家なら使用人の代わりやらなんやらで普通にアンドロイドがいるくらいだし、大学でも簡単な事務作業をする者がいるから見慣れてはいるが、ルシフェルほどの完成度を誇るものはない。さらに、通常アンドロイドには人に危害を加えないようにセーフティがついている筈だが、ルシフェルにはそれがないようだった。当の加害者はだらしなくソファーを占領し、与えられたココアを不思議そうに味わっている。ジーンズはジャージに変わっているからもうずり落ちてはこないだろう。
「なんていうか、子供みたいな人だね?」
 アルマロスも面白そうにルシフェルを眺めている。作り物めいた美貌と豊富な知識と知性だけなら完璧なアンドロイドといっても違和感はないのだが、それにしては感情の起伏が実に細やかだ。さらに、言動や行動が噛み合っていない所などが変に人間染みて見える。些細な発見や体験をまるで子供のように喜ぶさまが微笑ましいのもそれらしくない理由の一つだろう。まるで、初めて体を得たとでもいう様子である。
「私も初めて体を動かしたときには、あんな気分だったのかな?ルシフェルを見てると思い出したくなるよ。」
 クスクス笑うと、ルシフェルが視線を此方に向けてくる。急に名前が出たのが気になったらしい。イーノックの顔を見詰めたまま体を前のめりにさせてきたせいで、ソファーからずり落ちた。ドッと鈍い音がして、何処か打ったのだとわかった。
「ッ、イタっ!」
 美しい低音ボイスが情けなく上ずる様子にサリエルが目を丸くした。
「本当にアンドロイドか?だって、痛覚とか、味覚とか、すげぇよく出来てるし…。」
 そう言えば、さっき二人をしかりつけた時も「他人の家で大声出すやつがあるか!」なんて言いながら痛そうに拳を擦っていたっけ。
「俄には信じられないけどね。」
 イーノックの返答には、ルシフェルが人の家では大声を出してはいけないという常識を持っていた事に関する感想も含まれていた。膝を打ったらしいルシフェルを助け起こすと今度は行儀よくソファーに座らせる。
「なんだ、信じられないのか?まぁ、私は通常の仕様とは全く異なった個体だからね。上手く行くかはわからなかったが、擬体用の技術を応用したから様々な感覚を感知することが可能なんだ。思ったより上手く行ったよ。」
 まるで、己で体を作ったのだと言わんばかりの台詞である。
「なぁ、ルシフェル。貴方を探している人はいないのか?」
 イーノックがソファーに座ったルシフェルを見上げて問えば、自信満々だった表情がやや曇る。しかしそれも一瞬の事で、また人を喰ったような笑顔を浮かべた。
「そうだなぁ。どうだろう?そこら辺はメモリーが破損していてよくわからないよ。」
 お手上げ、とジェスチャーして見せる。
「きっと心配してるよルシフェルさんの家の人。」
「まぁ、こんだけ手が凝ってたら探すのも血眼だろうな。」
 アルマロスが言えばサリエルは困ったもんだと言うように溜め息交じりだ。当のルシフェルは「ふっへへ」と妙な笑い声をたてるだけだった。
 それを見てイーノックが何の事はない、と言いたげに口を開いた。
「なら、暫くここにいたらいい。」
 その日、イーノックは生まれて初めて、アンドロイドが目を丸くする様を見たし、ルシフェルは言葉としては知っていた「目を丸くする」がどのような状態なのか身をもって理解した。
 ついでに、開いた口が塞がらないといった顔をサリエルがしていたことと、能天気を絵に描いたような顔をアルマロスがしていた事を付けたそう。



 フル充電にかかる電気代は同じ時間パソコンを使い続けるよりも安い。おまけに太陽光発電が出来るから、晴れた日は充電の必要もないし、食物からエネルギー摂取も可能だ。流石に折り畳んで収納する訳にはいかないが、ただ場所をとるだけのモノではない。人工知能を備えた思考回路はその時イーノックが何を最も欲しているか己で判断し行動できる。
 というわけで、ルシフェルは疲れて帰ったイーノックとコミュニケーションの真っ最中である。たしか、人間はコミュニケーションをとることで日頃のストレスを発散させることができるらしい。
 平均からすると大柄で逞しいが己よりも少し丈の足りない体をかき抱いて、蜂蜜色の髪を指でくしけずる。
 6時30分という時間は夕方と言うのには遅い気がするし、夜というにはやはり早い。今日は早めに終わった大学の図書館でのアルバイトに少し気分よく帰宅した途端にこれであるから、イーノックとしてはどう反応してよいかわからないというのが実情だったが、ルシフェルはそんなこと知るよしもない。
「あ、あの、るし…」
「ろっ!どうした、体温が高いぞ?それに心拍数も。具合でもわるいのか?」
 このように、些細な変化を感じとり体調管理もバッチリこなす。実に優秀なアンドロイドだ、とルシフェルは己の出来映えの確かさに満足している。

 イーノックの部屋にルシフェルが転がり込んで数日経つ。警察にこんなに人間染みたアンドロイドを迷子です、落とし物です、と届ける訳にはいかなかったし、イーノック自身が彼をとても気に入っていた。現在は破損メモリーの修復が済んだら思い出すはず、というルシフェルの回復待ちとなっている。親戚の大家に「暫く知り合いが居候するけれど家賃はどうしたらよいか」と連絡したのだが、元々のほほんとした人であった為「いやー、若いって良いねぇ」なんて言って了承してくれた。だが、何か勘違いされているようでイーノックは気が気でなかった。そして、何より今一番気がかりなのは過剰なスキンシップを恥ずかしげもなくやってのける美しいルシフェルの事だった。
 男同士だし、相手は人間ではないのだから問題ないと言えば問題ない。不快感があるわけでもない。だが、どうにも心臓が煩くてかなわないのだ。さらに言うなら顔が火照って落ち着かない。イーノックにはこれが何なのか全くわからなかった。
 ルシフェルの衣服はいつの間にかイーノックの知らない服装に変わっている。少し褪せた黒のジーンズにシースルーの黒いシャツだ。シャツには焔のような模様が描かれていて、一見して高そうだとは見当がついた。髪型もしっかりセットされていて、美貌により磨きがかかっている。そう言えば今朝、食事代の名目で小銭を置いて行ったのだが、それと何か関連があるのだろうか?
「ルシフェル、その、それは貴方が離れたら治るから!それに、今日はずいぶん暑かったんだ。貴方の服を汚してしまうから!」
 離れてくれ。と告げようとしたのに、ルシフェルは気にも留めない。
「なんだ、元気じゃないか。服なら気にするな。パチンコというので少し当てて、買ったんだ。それなりに揃えたから替えはあるんだぞ。」
 と満足げにイーノックに頬擦りしている。更にはくん、と高い鼻を鳴らして首筋に擦り付けてくる。これには堪らずに、イーノックはもがきにもがいてルシフェルの腕の中から脱出した。
「だから、今日は汗をかいてしまったんだ!そういうことは止めてくれ!」
 最早涙目と言った様相だ。
「ふっへへ、すまないな。なんだかお前の匂いを嗅いでいると気分が高揚するんだ。テンションが上がるというのかな?いや、匂いだけじゃない。仕草とか、表情とか、声とか、そういうことにも同じような感覚を覚える。体を持つというのは不思議なものだな。」
 事も無げに言い放つからたまったものではない。イーノックは真っ赤になって俯くことしかできなかった。
 なら、今日でなければよいのだろうか?などとルシフェルが考えたのはイーノックにはわからなかったろう。
 暫しの間を置いてイーノックが復活した頃、ルシフェルの言葉が気になり始めた。
「ところでルシフェル、パチンコと言うのはいったい…?ああ、いや、パチンコそのものは知ってるんだけれど。」
「ああ、誰かの収入に頼りきって働かない男をヒモって言うんだろ?流石にヒモなんて汚名は戴きたくないからね。だから、取りうる内で最も手軽な方法で稼いでみた。」
 と、爽やかに言い放つ笑顔は正しく美しいを体現したものだ。だが、それはヒモそれ自体が行う行動パターンに酷似していることを彼は知らないのだろう。ついでに言うなら、恋愛関係にないもの同士の間にはヒモという言葉は使わないのではなかろうか?
 イーノックは疲弊した様子でルシフェルの肩に手を置くと、翡翠色の瞳で力なく紅い瞳を見る。紅い瞳が何処か期待したように輝いたのも束の間、柔らかいながら普段よりワントーン低い声がイーノックのふっくらした唇から溢れた。
「ルシフェル、気持ちは嬉しいがギャンブルは良くない。」
 ルシフェルは不満げに眉を寄せてイーノックを見返してきた。だが、それは直ぐに引っ込んで、かわりに瞳の色を見つめるような雰囲気に変わって行く。
 イーノックには最近困ったことがある。見つめられるとその瞳の紅さに捕らわれるように視線がそらせなくなってしまうのだ。いつも、この瞳は魔法のようだと思う。
 体格のよい見た目からは想像もつかぬだろうが、イーノックの思考回路は割と乙女チックだった。本人に自覚はないのだけれど。

 ピンポーン!
 
 所在ない沈黙が苦しくなったとき、部屋の呼び鈴が高く鳴った。イーノックは弾かれたようにルシフェルの肩から手を離す。まるで熱いものにでも触ったときのように掌を握ったり開いたりさ迷わせていたが、何も言わずに立ち上がって玄関へ向かった。

 のそのそと戸を開けると、そこにはこのアパートに越して来た当時からの友人、ナンナがいた。白銀の柔らかい髪が夕陽に赤っぽく光っている。彼女はまだ高校生なのだが、祖父のシンが営む酒も飲める料理店の手伝いをして店を支えるしっかりものだ。薄い青の瞳を細め、頭一つ分より下から顔を覗き込んでくる。
「ナンナ、久しぶりだね。」
「久しぶり。なんだけど、イーノックなんか顔赤いよ。風邪引いてたって聞いたけど、まだ治ってないの?」
 顔が赤いと言われてひどく焦ってしまう。ナンナは妙に勘の鋭い所があるから、元々隠し事の下手なイーノックは冷や汗をかかされることもしばしばだ。大きな体をモジモジさせている姿を不思議そうに眺めていたが、どうやら体調に問題はないと判断したらしい。
「まあ、大丈夫そうね。シンが新しい料理を作ったから味見してほしいの。…あと、」
 シンとは彼女の祖父だ。ナンナは少し言いにくそうに言葉を切った。イーノックは優しく微笑んでそのあとを続ける。
「ああ、勉強なら教えてあげられる。大丈夫、問題ない。でも、私はあんまり料理に詳しくないから…」
「ありがとう!イーノック!」
 最後の方はほとんど聞いてもらえなかったようだ。
 イーノックはナンナの勉強をよく見ている。口下手ながら、教え方が丁寧で的を射ているというのは彼女の評価だ。勉強を教えにいく度、シンが料理を出してくれるのがイーノックとしては心苦しい所である。なんのかんのとかわそうとするのだが、結局押しきられてしまうのだった。
「あ、貴方もどうぞ!サリエルとアルマロスが言ってたわ。イーノックのお友だちなんでしょう?」
 朗らかに笑うナンナの視線がイーノックの背後に向いているのに気づいて振り返りかけた、のだが途中で停止せざるを得なかった。
 右をやや向くと、白い横顔が目の前に合ったのだ。鼻がぶつかるような近距離で、なんでこんな風になるまで気づかなかったのかと己の鈍さを嘆くイーノックである。
「やぁ、ごきげんよう。私はルシフェルだ。見知りおきを、レディー。」
 ルシフェルはイーノックの横から身を乗り出すような妙な姿勢ではあるものの、とても丁寧に挨拶を述べた。表情も殊更柔らかく、いつもの人を食ったようなものはなりを潜めていた。この間、友人二人を出会い頭に殴り付けていた人とは思えぬ対応にイーノックは目を白黒させるばかりである。
「ルシフェルさん、はじめまして。私、ナンナ。ふふ、なんだか変な人ね。」
 クスクス笑うナンナにルシフェルは眉を寄せて首を傾げた。
「おかしいな。こういう対応が一番好まれると聞いたのだが。」
「それは時と場合によるわ。こんな風に畏まらないところではもっと普通の挨拶でいいのよ。」
 普通、という言葉にルシフェルはさらに不思議そうな顔をする。高校生にしては少し小柄で幼い印象の少女に30がらみの男がものを教えられているという奇妙な構図に思わず笑ってしまう。そして、アンドロイドに普通という概念はないのかもしれない、などととりとめもなく考えた。



 シンの店の奥の居間のような場所で、イーノックたちは勉強会をしていた。机に広げられた問題用紙と、よくまとめられたノートを見比べながら、ナンナの理解しやすい解法を探して行く。その間、ルシフェルはどうやったかは全くわからないが、自力で修復したイーノックの携帯を操作して、ネットサーフィンに忙しい様子だった。
途中から、店に食べにきたらしいアルマロスとサリエルが勉強会に加わって、あーでもない、こーでもないと大騒ぎだ。最終的にはサリエルがナンナのキーホルダー「ねふぃりむ君」に興味を示し始めたため、全く関係のない方向へ会話が飛んでしまった。かれこれ2時間くらいは騒いでいただろう。
 ようやく宿題を終えて店まで顔をだすと、シンが待ちくたびれたよ、と言いたげな顔をした。
シンの店はエスニック料理を主としている。店主の趣味で集められた面が壁に大量にかかっているから妙な雰囲気ではあるものの、味はたいへんよく、値段は庶民的である。それに、主がエスニック料理なだけで、作れるものならなんでも作ってくれるとてもありがたい店だ。
 イーノック、アルマロス、サリエルの3人はカウンター席に通され、並んで腰を落ち着ける。
 テーブル上の試作品だという料理は湯気と食欲をそそる匂いを立ち上らせていた。
 あれ?何か足りない。何だったか。 

 その時、背後の席から黄色い声が上がったので振り替える。
「げ!」
 視線の先ではシンの店の店名「自由の民」のロゴいりのエプロンを付けた美男が女性客のテーブルに酒を運んでいた。黒髪、紅い瞳、白い肌、長身。ルシフェルだ。
「手伝ってくれるっていうから御願いしてしまった。いや、人手が足りなかったから助かるよ。イーノック、あの人なかなかできるねぇ。」
 ははは、と明るく笑うシンに、イーノックも乾いた笑い声をたてるしかなかった。そして頭を抱えてしまう。
「できれば、ちょっとの間でいいから働いてくんないかな?」
 とシンは満足げある。
 友人二人は面白いものを見たというような顔をしたり、哀れみの視線を投げたりしていた。



 涼しげな色のガラスのコップが白く細い指で置かれる。カラ、カラと氷が音をたてるだけで、コップが机に当たる音はない。実に優雅だ。 
「ご注文は?」
 なんと美しい声だろうか。低くて頭の中に直接響くような深みと艶がある。営業スマイルだって完璧なのに、その人物はイーノックをひどく心配させているのだ。
「る、る、るるるルシフェル!貴方は何を!」
 動揺し過ぎて、ルシフェルの服を掴んで隣の空いた席に引きずり落とすような勢いで座らせる。
「ろっと、ここはそういう店じゃないぞ?」
 一体どこで覚えるんだ、そんな台詞。今どき安い2時間ドラマだってそんな陳腐な台詞回しはしない。ただ、気取ってお高く止まった言葉とルシフェルの雰囲気はとてもよくあっていて…違う、そうじゃない。
「いきなり何をしているんだ、ルシフェル。」
「アルバイトだ。ギャンブル以外で金を稼ぐとなると、まぁ、こうなるな。なんだ、私の仕事ぶりが心配か?」
 心配である。心配以外の何物でもない。だって、彼は一応の常識はあるものの、どこかずれている。製造されて間もないのかも知れない。こんな、大きな子供状態でアルバイトなんてしようものなら、どんな事態に陥るか。
「問題だ、大丈夫…」
「ルシフェルさーん、3番テーブルに生春巻きあがったよー!」
「わかったよ。今行く。あ、では注文が決まったら呼んでくれ。」
 颯爽と透けシャツの裾とエプロンを翻していってしまった頭痛の種に、イーノックは宗教画の救いの神子のような苦悩の表情をしてテーブルに突っ伏した。
「たのむ、話を聞いてくれ…」
 サリエルは不躾にも笑い声を必死に堪えている。ブスッとして首をそちらに向ければ、ついに耐えきれずに吹き出した。
「くっ、ははは、お前にそれ言わすとはルシフェルさん流石だな。」
「でも、上手くやってるみたいだよ?思ったより常識人だし。僕、イーノックが図書館のアルバイト始めた時の方が心配だったなぁ。」
 アルマロスはルシフェルをのほほんと眺めて笑う。イーノックもそちらに視線を向けるが、確かになんの問題もなく立ち回っている。注文は間違えないし、動作もきびきびしているし、まぁ、この分なら
「…大丈夫かな?」

 かくして、ルシフェルはヒモ?状態から脱却したのだった。



 ルシフェルがバイトを始めてまた数日がたった。何だかんだで上手くやっている、というか、ルシフェルの順応性はずば抜けていた。女性客の黄色い視線を受け流し、男性客の下ネタには軽く答え、セクハラ紛いの手を軽く捻り、と、実に上手いこと溶け込んでいた。連日顔を出して様子を見るが、全く困った事はない。強いて言うなら店主にも客にも、やや口調がフランクな事だろうか。
 初日、メニュー表を見て悩んでいる女性客に「時間はたっぷりあるんだ。お前は最良のメニューを選択していけ。」なんていった時には悲鳴を上げそうになったが、開きかけた口も、お客さまの黄色い悲鳴で直ぐ閉じた。
 世間から少しずれた発言や行動が目につくから気を揉んだが、どうやら杞憂だったようである。
 そういえば、色々な事を体験したほうが、メモリー修復の刺激になって良い、とかルシフェルも言ってたっけ。
 そんなことを考えながら、イーノックは大学付属の図書館にいた。バイト中なのだ。
 受け付けに座って、貸借表の整理や新しい本に番号をふったシールを張り付ける仕事をしている。ちょうど午後の講義が始まったばかりといった時間だから、人が疎らだ。勉強熱心な学生が静かな机でペンを走らせる姿がちらほらある。
 ふと顔を上げると、白磁の肌の麗人と目が合った。
「…この顔を知らないか?」
 薄めの唇から溢れたのは低く優しい美声。麗人なんて言ってしまうけれど、男性である。白が基調のスーツを華麗に、しかしきっちりと着こなし、金の髪を頭の高い位置でまとめて不思議なポニーテールのようなお団子頭のような形にしている。
「…ミカエル?顔色が悪いけれど、いったい?」
 彼は大学と同じ敷地内にある研究機関Heavenly7の科学者だ。というか、この大学がロボット工学やAI研究といった研究を主におこなっているHeavenly7に併設されていると言っても過言ではない。ミカエルは30代という若さながらその所長を勤める天才科学者で、趣味はコンビニ巡り。その養父はこの大学を作った神とまで呼ばれるAI研究の大家だ。いずれは、機械生命体創造の神となるとまで言われているのだから、ミカエルの養父はとんでもない偉人なのである。
こうして一介の学生とHeavenly7所長であるミカエルが気兼ねなく会話をしているというのも奇妙な構図ではあるが、イーノックとミカエルは年齢と立場を超えた友人同士だ。ミカエルは読書好きでよく図書館を利用するのだが、面白そうな本を探しているときにイーノックと知り合ったのだった。文学部に所属しており本の虫というのに近いイーノックの勧める本はなかなか読みごたえがあり、それ以来親交を深めている。
 そのミカエルが、普段は優雅に微笑む天使のような顔を曇らせているのだからイーノックも心配である。
「ああ、いや、すまない。たいしたことじゃないんだ。ちょっと人探しをしていてね。私の親戚の男性でよく顔が似ているんだ。見かけたら知らせてくれないかな。」
「大丈夫だ、問題ない。ミカエル、あまり根を詰めては体に毒だ。私が言うのもなんだけど、無理は禁物だ。」
 翡翠色の瞳を不安げに揺らめかせてイーノックが言えば、ミカエルは困ったように微笑んだ。
「ありがとう、イーノック。それでは、気晴らしに読書でもしようかな。お勧めはあるかい?」
「ああ、それなら…」

 ミカエルが本を探しに受付から消えた時、ふと思い当たった事がある。
 白磁の肌。形のよいあるべき場所にある瞳。通った鼻梁。薄い唇。長い睫毛。
 髪も目も全く色が違うし、服装だって対照的だが、ミカエルはルシフェルと瓜二つなのではないだろうか、と。



 インターネットカフェのコンピュータと己の首にある接続器を繋いでため息を吐く男。体温のないような白い肌に突き立てられた黒い端子は少しイレギュラーな感じがする。コンピュータはすでに熱暴走を起こしそうなギリギリラインでの稼働を余儀なくされているのに、そこから流れる大量のデータを受け取っている男は涼しい顔だ。
「…やはり、漏洩したか。」
 深紅の瞳を細めてそれだけ呟くと、プツンと首のコードを外す。
 メモリーが破損したなんて大嘘だ。そんな柔な記憶野を設計した覚えはない。
 至るところに張り巡らされた監視の目やウイルスを器用に掻い潜り、ネットワークの海を泳ぐのはなかなか骨だ。
 実に激しく雑多な情報の坩堝となっている仮想現実空間は、ともすれば普段通りのカオス具合だ。しかし、よく目を凝らせばその濁流の中に暗号化されたメッセージが飛び交っているのがわかる。すでにHeavenly7から逃げ出した存在も確認されていないAIの噂がひしめき合っているのだ。さまざまな理由からAIを手中に収めようと躍起になっている奴らは目的のモノが仮想現実の世界を飛び回っていると考えているようだ。
 シャットダウンをしていないのにコンピュータの画面がブラックアウトしたのを気にも止めず高く靴を鳴らして店を後にした。
「ふっへへ、Heavenly7もたいしたことないなぁ。」
 特徴的な笑い声を立てているが、目は笑っていなかった。口角を上げて弧を描く唇だけが、作り物めいた笑顔を形作っている。
 これから、きっと不味いことになる。予想出来うる事態を無限にシュミレートして、その延長線上の結末を導き出すが、どれをとってもろくなものではない。
 彼を捕らえるためには手段を選ばない者などいくらでもいる。何せ、彼は世界でただひとつの「神が作った秘蔵のAI」なのだから。
 折角手に入れた自由な体や新鮮な体験はとても惜しい。しかし、被害はきっと己だけでは収まらない。下手をすれば、己をアンドロイドと呼ばない優しい青年にまで危害が及ぶ。
「ああ、口惜しい。」
 参ったなぁ。イーノックの側はとても居心地が良いのに。こんなに誰かの側は心地良いと、誰かの笑顔がこんなに嬉しいと知らなかった。掌の暖かさが、あの翡翠の瞳が、声が、言葉が、本当に惜しい。あの翡翠色の瞳を見つめているだけで、どれほど満たされる想いがしたことか。ずっと側にいれたらどれだけ、ああ、これが幸せというやつだったのか。僅かの間に私は幸せとその喪失を味わうのか。
 自嘲して、気づく。アンドロイドも自嘲できるのだと。もうすぐ終わる自由な旅なのに、そんな些細な発見が、やはり嬉しかった。
「イーノックにもう一度会いたいなぁ。ああ、ナンナやシンにも挨拶していない。アルマロス、サリエルはその後後遺症とかないのかな?あれ以上頭がおかしくなったら敵わん。」
 ぶつぶつ言いながら額に落ちかかった髪を撫で上げて整えると、進行方向を変えて歩き出す。ルシフェルの先には広大な敷地を誇る研究所Heavenly7が高く白く聳えていた。



 ルシフェルは研究所の中で密かに産み出されたAIだ。作られた時から完璧に己の業務を遂行できる従来のものとはちがう。人格を実在の人間から移植するという、前代未聞の方法で作られた、思考し進化し成長する特殊なタイプである。人格の元となったのはミカエルの兄。13才の時に交通事故で余命幾ばくもない状態に陥り、自らの意思で己が人格をAIとして存続させ、父の研究の助けとすることを望んだのだ。
 誕生したルシフェルは、父やミカエルが与える様々なものを貪欲に吸収し、今だかつて無いほどに人間に近づいた。とても好奇心旺盛なルシフェルは自らネットワークに飛び込んで、あらゆるデータを意のままに見聞きできるようになった。
 いつだったか、センサーの向こう側で、父が言っていた。
「こいつを世に出すつもりはない。」
 だが、そんなことはどうでも良かったのだ。何も干渉しない。傍観者としてそこに立って、人が作り出した有象無象の集積を飽くまで眺めるだけ。それだけで満足していた。
 それがある日、現実世界と言うものに憧れを抱いた事で一変する。目の前に広がる仮想空間が底の浅いプールで、そこから何処かへ自由に行き来していたというのはただの井の中の蛙だったと気づいてしまった。気付かなければ良かった。そしたら彼は無限の空間の中でひたすら自由だと、そう思っていられたのだから。
 果たして、何がきっかけかなんて覚えてはいない。しかし、なぜかルシフェルにとっての現実世界は美しい翡翠色のイメージだった。どこで見たのかも覚えていない。いや、実は見てすらいない。すべてを知った気になって、実際は本物など何も知らないのだ。ああ、本物の世界を見てみたい。あの翡翠色を探し出して、見つめたい。そう渇望した。己から何かを求めたことなど初めてだった。
 だから、ルシフェルは機械の体を作った。今ある全ての技術を結集して全てを感じられるように、痛みすら、悲しみすら感じられる体を作ったのだ。弱くても、脆くても、人に近くなければ意味などない。
 あの翡翠色の本当の美しさを知りたくて。
 消されてもいい。捨てられてもいい。檻の中に閉じ込められてひたすら大切にされるより、消される恐怖に怯えても本当の自由を生きることに憧れた。



「ルシフェル!どうしたんだ、何か問題でも起きたのか?」
 そう言った声の優しさに、ついつい頬が緩んだ。
 お前は優しいなぁ。私はただの機械部品の集合体なのに、まるで尊い命のように私を扱ってくれる。私の存在なんて、コピーとペーストでいくらでも増やせるものだというのに。
「やぁ、イーノック。お前の顔が急にみたくなったんだ。」
 言われてイーノックが目をパチクリとさせる。また心配をかけてしまったようだが、どうしても最後に顔を見たかった。カメラやレンズを通して写し出される画像ではなく、己の得た二つの瞳で、見たかったのだ。
 ルシフェルがこの場所にやって来た真の目的は捕まること。他の企業や、何らかの組織に捕まって悪用されるよりはHeavenly7の手で破壊されるのが一番被害の少ない形だ。彼らなら、まさかイーノックに危害を加える事はないだろう。
 ついでに、最後に一目だけでもイーノックに会いたいと思ったってバチは当たらないだろう。
 イーノックに会えるか、その前に捕まるかはわからない。一種の賭けだった。結局は捕まって破壊されるのだから、意味などないと嘲笑うものがいるかもしれない。それでもルシフェルにとってどんなギャンブルよりも本気の賭けだった。
 携帯に勝手に取り付けた追尾用の信号をたどって見つけ出したイーノックは言葉の意味がやっと正しく理解できたらしく顔を紅くして硬直している。どうやら、私は勝ったらしい。優雅にしかし、淋しげに笑う様に少しだけイーノックが不思議そうな顔をした。いつも鈍い癖に、妙なところで鋭い。ルシフェルは貸し出しカウンターから出てくる姿に声をかけた。
「あのな、イーノック。話をしよう。」
「兄さん?!」
 遮った声には聞き覚えがある。顔だって見飽きる程だろうことは予想できた。
 白いスーツと金色の髪、金の瞳。違いはそこだけで、あとはそっくりそのままルシフェルと瓜二つの男がいた。ミカエル。人間、ルシフェルの双子の弟にして、若き天才科学者。そして、アンドロイドのルシフェルを追っていた者の一人である。
 ミカエルとルシフェルを見比べてイーノックが翡翠色の瞳を見開いた。
 静寂に満ちた図書館がにわかにざわめき出す。それも無理のないことだ。創立者の代理として大学の式典によく出席するミカエルの美貌はその場にいた誰もが知ったものだ。それとよく似た知らない男が剣呑な雰囲気で向き合っているのだからそれは目立つ。
「やぁ、ミカエル。久々だな。」
 朗らかに、しかし幽かな苛立ちを含んだ硬い声に返る言葉はない。ミカエルは堅い表情のまま片手をジャケットに突っ込み、ペンのような形の接続機械を引き出す。親指でキャップを弾くとルシフェルへ一気に距離を詰め、現れた銀色の端子を細い首筋に作られた端子の受け口に突き立てようとした。一切の抵抗を示さないルシフェルは両手をジーンズのポケットに突っ込んだまま、瞳を閉じた。
 ガツン。
 何かに接続機械の先端が当たる。その瞬間放出された電流に悲鳴を上げたのはターゲットのルシフェルではなかった。
「うああっ!!」
 悲痛な声は高く若い。見れば褐色の大きな掌がルシフェルの首を庇うように覆っている。
「イーノック!」
 ルシフェルの声はほとんど悲鳴だった。ガクガクと痙攣し崩れ落ちるイーノックを支え、秀麗な白い顔を青ざめさせている。ルシフェルは生まれて初めての動揺で視界が狭くなるような感覚を覚えていた。
 ミカエルが鋭い声で携帯電話に叫んでいるのがかろうじてルシフェルの耳に入ってきた。図書館のざわめきが遠い。苦悶の表情で目蓋を閉じたイーノックを抱きかかえると、周囲の音が消えてゆく。ただ、腕の中の荒い呼吸音だけが痛いほどに聴覚を叩いた。



 夢を見ていた。
 紅い瞳の男が笑う。
 血を吐いて、顎が紅く染まっている。
「血だぞ。」
 さも興味深い様子で子供のように笑う。



「…っく、イーノック。ああ、イーノック…」
 嘆くような声。まさか己は死んでしまったのか?
 嫌な予感に目を開けば、白が視界を染め上げて圧迫感を覚えた。もう一度閉じて、ゆっくり開くとどうやら天井の色だと認識できた。
「イーノック!?」
 低くて心地の良い美声は、こんなに焦りを滲ませていても綺麗だ。なんだかズルいなぁ。ゆるり、と首を巡らせると、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしたルシフェルがいた。
 夢に出てきた男と面影が重なって、既視感に頭がクラリとする。
「…ルシフェル…」
「イーノック!大丈夫か!?」
 声が掠れた。身を乗り出してくるルシフェルにぎこちなく笑うとイーノックは答えた。
「…大丈夫だ、問題ない。」
 やや硬質なベッドに寝かされて、片手をルシフェルに握られているこの状態からして、おそらくここが病院のような場所だと見当がついた。ルシフェルの片手は赤く腫れ上がっている。反対の手が痛む事に気づいて目の前に翳すと、包帯が必要以上に巻かれていて動かしにくい。ルシフェルが、火傷になっていたから私が手当てしたと胸をはった。
取り合えず上半身を起こそうとすると、慌てた様子でルシフェルが支えてくれた。
 どうやらもう、次の日の昼になってしまったらしい。ミカエルの持っていた道具はアンドロイドのコンピュータとボディの接続を焼ききり、メモリーその他を保存したまま無力化するものだそうだ。電流は下手なスタンガンより強力なので、まともにそれを受けたイーノックが昏倒してしまったのは無理のない事だった。むしろ、体に目立った異常が無いことを無駄に頑丈に産んでくれた両親に感謝すべきだろう。
 イーノックは握られていた手を離してもらい、ベッドサイドにあったティッシュで顔を拭いてやりながらルシフェルの話を聞いていた。因みに、ここはHeavenly7の処置室らしい。
 先ほどからルシフェルは何故か寂しそうな顔で笑っている。これが、今生の別れだと言うような表情だ。少し不安を煽られて、イーノックが眉を寄せる。
 その時、バタンと大きな音を立てて扉が開いた。そういえば、ここは個室のようだった。なんだか気を使わせてしまったようでもうしわけなかった。
 駆け込んできたのはミカエルだ。上着が白衣に変わっていて、より科学者らしく見える。肩で息をして歩み寄ってくるものだから、イーノックはオロオロとするばかりである。顔に痛々しいアザが出来ているのに気付いたのは目の前にやって来てからだ。隣ではルシフェルが憮然とした表情を浮かべていた。
「本当にすまない!」
 突然頭を深々下げたミカエルは放っておけば土下座せん勢いだ。なんとか思い止まってもらうのが大変である。
「ミカエル、そんな、私が無茶をしただけなんだ…」
「そんな謝罪で済むか!イーノックに何かあったらどうするつもりだったんだ!」
 苦笑するイーノックの言葉を遮ったのは他でもないルシフェル。泣きすぎた目元を紅くして、鼻をズッと吸い上げる。
「る、ルシフェル!私は大丈夫だ。問題ないから、もう心配しないで。ミカエルも頭を上げて。」
 必死にいい募ると、ルシフェルが握っていた拳を開いた。ミカエルも漸く頭を上げてくれる。
「と言うか、二人ともその怪我は一体…私なんかよりずっと深刻そうだけれど?」
 他にもまだまだ聞かなくてはならないことはあった。二人の関係とか、ルシフェルをなぜ捕らえようとしたのかとか、ルシフェルが何故そんなにさびしそうなのかとか、疑問はいくらでも浮かんでくる。でも、まずは二人の怪我が気になる。問えば、気まずそうに目を互いに反らす。ルシフェルは元々子供っぽい所がある人だとは思っていたのだが、ミカエルも似たような反応をするので、面白くて吹き出してしまった。
「「イーノック…」」
 同時に少し拗ねて見せるので、イーノックの頬を緩ませる事にしか繋がらない。
「いやー、息子達がずいぶん迷惑をかけてしまったね。あはは、コイツらの兄弟喧嘩なんて初めて見たよ。」
 突如、部屋に響いたのは朗らかで明るい声。開けっ放しだった扉から、ルシフェル、ミカエルより少し年上に見える男性が入ってきた。
 中性的な顔立ちながら、背は高く、落ち着いた雰囲気の美男だ。髪の毛が銀色で少し個性的ではあるが、違和感なくよく似合っている。どこで合ったのかはいまいち思い出せないが、確か見覚えがある。しかし、一つの空間にこれだけ綺麗所が揃っていると、流石に物怖じしてしまい、それ以上顔を見ることは出来なかった。
「ルゥのパンチがね、ミカに見事ヒットしてさぁ。でもあれじゃだめだよ、腰が入ってない。今度ウリエルあたりに頼んで鍛えてもらった方がいいんじゃない?」
 カラカラとあっけらかんと笑うと更に若々しく見える。突然の登場にイーノックが戸惑っていると、ミカエルがため息混じりに答えた。
「これ以上されたら、私の身が持ちませんよ、父さん。」
「父さん!?」
 ミカエルの養父、大学の創立者、AI研究の神。
「やぁ、イーノック。この間ミカが借りた本、私も読んだんだけど結構面白かったよ。またなんか紹介してくんない?もっと、明るいコメディタッチの恋愛小説なんかないかな。」
 この、軽いノリで話しかけてくる男性が。
「エエエエエエエエエエ!」
 悲鳴とも奇声ともつかない声は、イーノックの心の叫びだった。



 ある日、Heavenly7の構内で何やら挙動不審な青年を発見したのは確か昼過ぎの事であった。
「ミカエルさんに、本を届けに来たんですけれど、部屋がどちらかわからなくて。」
 胸元には、隣の大学図書館の職員証がある。イーノック。なるほど、ミカエルに資料を頼まれたと言うわけか。
「ああ、ミカなら今外出てるよ。たぶん部屋にはカギかけてったろうし、私が預かっとこうか。」
 悪いです、とか、出直しますとか、そんな言葉が聞こえてくるが、その様子がまた初々しくてなんとも好印象だ。そういや、ミカが最近図書館よく行くって言ってたなぁ。アルバイトの学生さんと仲良くしてるって聞いたけど、この子だなぁ。褐色の肌に蜂蜜みたいな金髪。体つきだって健康そのものだ。顔立ちも、充分イケてる。流石に私の息子。いい子を見つけたみたいだな。
 ついつい嬉しくなって、私は彼を部屋へと招いた。部屋とは行っても、一年中各地を飛び回っている身だから、ほとんど腰は落ち着けない。
 おまけに、ルゥの資料やら器具やらなんやかんやで雑然としていて、最早身の置きどころが無いに等しい。パソコン画面の中で、ずいぶんイケメンに成長したルゥがたまーに呆れた視線を投げてくるくらいだ。そんなに酷いだろうか?ミカなんか、最近は何にも言ってこないからこれでいいか、と思うんだけどなぁ。
 けれど、青年はひどく驚いた様子で立ち尽くしていた。私は苦笑しながら段ボールやら、雑誌やらを放り投げて漸くソファーを掘り出した。
「さ、こっちこっち!座って座って。烏龍茶でいいかな?ポットもインスタントコーヒーも茶葉もさがせないから。」
「あ、お気遣いなく。」
「いーからいーから!おーい、ルゥ。お客さんだよう。ってあらら、眠ってるのか?」
 私は青年を引っ張りこんで座らせて、冷蔵庫をこじ開ける。ついでに隣の机に鎮座しているパソコンに声をかけたのだが、どうやら息子はお寝んねかお出かけしているらしい。まったく、つれないやつだ。
「ルゥ?」
 青年が不思議そうに小首を傾げている。うんうん、なかなか可愛い仕種じゃないか。
「パソコンの中に住んでいるAIなんだ。息子みたいなものでね。ちょっと横柄で、我が儘で、高飛車で、ナルシストで、意地っ張りで、人を人とも思わんような奴だけど、まぁ、いい子なんだ。」
 とてつもなく良くない子に聞こえたかも知れない。だけど、ルシフェルを表現するなら正にそんな感じだ。青年はクスクスと面白そうに笑ってくれた。
「その、彼にこちら側は見えるんですか?」
「うん。パソコンの横にセンサーアイをつけてあるからね。それに、ずいぶんやんちゃに育っちゃって、勝手に監視カメラとか、テレビ局の中継カメラとか盗み見しちゃうらしいんだ。困ったもんだ。はい。」
 烏龍茶を渡すと、礼を言って受けとる。礼儀もなってるね。ちょっとルゥに見習わせたいよ。
「そうなんですか。楽しそうだなぁ。なんでも知れるし、見れる。何処にでも自由に行ける。羨ましい。」
「うん、だけどね、ルゥが見てるのはセンサーを通した画像だけ。本物なんか知らないんだよ。君のその翡翠みたいな目の色だって、コンピュータ用のデータに分解されてそれを理解出来るだけなんだ。」 
「…それは、」
 青年は少し言葉に詰まって、寂しそうな顔をした。真っ暗なモニターをじっと見詰めている。
「此方に、出てこられたら良いのに。そしたらいろいろ見せてあげられる…」
 ホロリ、とふっくらした唇から溢れた言葉に、私は閃きを覚えた。
 そうじゃん、ルゥに体をあげればいいんだ!ヤベェ、天啓じゃん!
 しばらく話をして、青年から本を受け取って部屋から送り出す。何度もすいませんでしたとか、ありがとうとか、頭を下げる様子がまた生真面目でいい子だ。パタンという音と共に振り返ると、明りのついたモニターの中で美しい男性が欠伸をしていた。
『…なんだ、博士じゃないか。35日と2時間41分3秒ぶりだね。』
「やぁ、ルゥ君!かわりないかい?あんまり監視カメラのぞき見すんのは止めなよ?先に話聞かされたんじゃ、火曜日のドッキリ映像番組が面白くなくなっちゃうよ。」
『君はずいぶん変わったね。この間は髪の毛がグリーンだったはずだが?』
「まあね。でもこっちも似合うだろ?」
 そう言ってオレンジ色の頭髪を触る私を胡散臭げに見ているルゥの前で私はそそくさと旅支度を始める。ルゥの唇が声を出さずに、若づくりしてると禿げるぞ、なんて呟いていたのは無視だ。まだ大丈夫だよ!私ん家、代々禿げない家系だし。それに、私はそんなに年じゃない!まだまだ現役だ!
『何処かへ行くのか?』
「うん!さっき来てたお客さんと話してたら閃いちゃった!ちょっと買い出しに行ってくる。全部ここに運ぶように指示しておくから宜しくね♪」
 ルゥは目を何処か遠くへ向けていた。これは、監視カメラなんかを盗み見してるときの顔だ。いった先から全く。
そして、私は部屋を飛び出した。ルシフェルが脱走する約一月前の事である。



「で、世界中からルゥの体用の材料買い付けてさ、その足でどこだったかなぁ?どっか遠くの方の国でやってた学会に出たわけ。そこで親しくなった教授の娘さんがまた、可愛くて可愛くて、ついつい居座ってるうちに、10日ぐらい立っちゃって、そしたらミカが血相変えて国際電話かけてくるからもう、ビックリ!体作ってどっか行っちゃったっていうんだもん。」
 まぁ、帰ってみてもっとビックリしたわけだけどね。
 なんて呟いて博士はルシフェルをしげしげと眺めた。
 ルシフェルの身長体重はミカエルとだいたい同じ。顔立ちも、体つきも似かよっている。
「ミカちゃんの身体データから体を作ったのか。なるほど、なるほど。」
「って、父さん。イーノックは友人ですよ。それに男性です。何ですか、いい子見つけたって。」
「あっれぇ?違うの?Heavenly7の朴念人にもやっと春が来たかと思ったのに。父さん勘違いしちゃったよ!それに、性別なんて大した問題じゃないって。」
 とても親子に見えない二人の親子らしい会話をルシフェルとイーノックは唖然として聞いていた。
 イーノックはここにきて3人の関係をなんとなくだが理解した。そして、ミカエルに本を届けた日に会った人物がルシフェル、ミカエルの父であることも。
 ルシフェルが紅色の綺麗な瞳を見開いて叫ぶ。
「え、じゃ、私は…君は言ってたじゃないか。こいつを外に出すつもりはないって!だからミカエルは私を捕らえようとしたのだろう!?」
 博士はキョトンとした顔で目をしばたかせている。ミカエルもルシフェルに賛同する形で博士を見詰めている。事情のわからないイーノックだけが、青ざめた顔をしていた。
「え?私、そんなこと言ったっけ?」
 首を傾げる博士を怪訝な目で見るのはミカエルだ。
「仰ってましたよ。ルシフェルを世に出すつもりはない、と。」
 重い声と表情に驚いた様子で博士は声を上げた。
「あれは、ルシフェルを製品として仕立てるつもりはないよって話だったんだよ!確か、その時、どっかの会社の人が来てたでしょう?商談断ったんだよ!」
 嘆かわしいと言った様子で頭を抱える博士に、ルシフェルもミカエルも目を丸くすることしか出来なかった。
「帰ったら、早速設計始めようかと思ってたら、逃げたなんて酷すぎ!ああ、でも、本当によく考えられてる。これは、私の出る幕なかったなぁ。」
 知らないうちに成長していた息子を眩しそうに眺める様に、ルシフェルが毒気を抜かれたような顔をした。
「私は、消されるんじゃないのか?」
 イーノックは図書館で見せたあの今生の別れのような顔の訳も理解した。きっと、Heavenly7に捕まれば、記憶も人格も全て消去されると思っていたのだろう。
「何いってんの!君はミカエルと同じく私の可愛い息子で親友なんだ!消すなんてバカなこと言うんじゃない!」
 優しげだった声を荒らげて、博士は悲痛に瞳を曇らせた。ルシフェルとミカエルが撃たれたように目を見開いている。
 イーノックはその3人を戸惑いながらも微笑ましいと感じ初めていた。



 ルシフェルの体は、ミカエルが開発しているアンドロイド用の設計書を元に、博士が集めた材料を使い、ルシフェル自身のアレンジをもって精度を高めて製作された物で、言わば3人の合作だ。
 その後、イーノックがHeavenly7の処置室で療養中で、ルシフェルは精密検査とメンテナンスを受けている。電撃の影響は頑丈に出来たイーノックの体をもってしても負担が大きく、回復までには少々時間を要するようである。イーノック自身は申し訳ないからと通常の病院に移して貰いたかったのだか、体に出た影響を測定して、資料として用いたいという話が出て了承した。それに、イーノックがここにいればルシフェルが再び脱走する可能性が低いと見たミカエルの配慮でもあった。実に大当たりである。
 あれだけ我が儘で人の言うことを聞かなかったルシフェルが借りてきた猫のように大人しく検査を受けたのに博士すら目を丸くした。
「イーノックがいないのに外に出たって意味がないよ。この翡翠色が無きゃね。」
 ベッドから降りられないイーノックが不思議そうな顔をするのに答えるルシフェルは何処か自慢気だ。
 ルシフェルは上機嫌でイーノックの髪をすいた。
 今になってみれば、現実世界にあこがれた原因がイーノックだったとわかる。あの日、博士の部屋を訪れた彼の瞳を見たときから馬鹿げた逃避行が始まったのだ。博士の部屋のアイセンサーがその色を捉えたのはほんの一瞬だったが焦がれた。Heavenly7の監視カメラに映ったその色は、不鮮明ながらも輝いて見えた。
「あ、貴方は!そんなことを言ってからかわないでくれ!」
「からかう?」
 怒ったように手を振り払われてしまったので、おとなしく手を引っ込める。かわりに更に顔を近付けて口許を緩めた。
「からかう、なんて。私は本気だよ?お前は私を物扱いしなかった。私を人のように扱ってくれたのはお前が初めてだよ。だから、お前が居なきゃ意味がない。お前が見ているものを私も見たいんだ。」
 ルシフェルの瞳は宝石のような美しい色だったが、出会った日よりも深みを帯びて更に輝いている。その色に引き込まれるようにイーノックは見つめ続ける。
 ルシフェルの瞳は魔法の瞳なのだ。とらわれて、逃れられない。それすら良いと思えるような色なのだ。
「なぁ、イーノック。話をしよう。」
 思わせ振りに一度離れて、タイトなジーンズのポケットに手を突っ込む。そして、細く白い指がややよれた紙を取り出した。優雅な仕種で差し出されたそれを受け取って、イーノックは目を見開いた。

 名刺だった。
 ルシフェルという名の人物がその名刺の持ち主である。身分はHeavenly7の研究員。

「博士がね。用意してくれたんだ。これでヒモなんて呼ばせないぞ?」
「…ルシフェル、ヒモは」
 好きあってる者同士の間にしか使わないんだ、といいかけて止めた。
 だって、ルシフェルを愛してしまったのだから。気取っているようでひどく純粋なこのひとを。何者にも興味が無いようなふりをして、とても優しいこのひとを。尊大なくせに寂しがり屋なこのひとを。ひどく心配をかけられても決して嫌いにはなれないほどに。
「そうだな。貴方はヒモなんかじゃないよ。今までだってそうだった。貴方は、私の大切な人だ。」
 今度はルシフェルが固まる番だった。イーノックは自由と進化の象徴だった。初めから、イーノックの瞳に恋をしていたようなものだったのだから。
 我知らず手を伸ばすと、言うだけ言って俯いてしまったイーノックに抱きついた。
「る、ルシフェルっ!な、わ、ちょっ!」
 ベッドの上に乗り上げるように、覆い被さるように抱きついたので、たまったものではない。普段ならいざ知らず、本調子でないイーノックにはルシフェルを支える事など無理だった。挙げ句に押し倒されるような形で倒れこむ。
「ろっと、なんだこの感じ?誤作動かな。」
 そのまま、仰向けのイーノックの側に手を着いて、至近距離から見つめながら呟いた。声には動揺が見えて震えている。
「なぁ、イーノック。これ、なんなんだろう?お前を見てると触れたくなるし、抱き締めたくなる。体が勝手に動くんだ。なのに、震えて定まらない。」
 もう一度、チェックしなおしてもらわないとな。なんて、考えているルシフェルの下で、イーノックは何も言えずに顔を真っ赤に染めて見上げるしかできない。戸惑ったような白い面にわずかに朱が差している。
 それはまるで恋をしているようではないか。
 白く細い指がおそるおそるイーノックの頬を撫でる。不器用な手つきに笑みをこぼすと、途端に拗ねたように眉を寄せる。だって、初めてあった日にはぬいぐるみのように抱き寄せられたり、湯たんぽのかわりに身を寄せて暖をとらせてくれたりしたものなのに、今更と言えば今更だ。
「…怒らないで。貴方が可愛いな、と思っただけなんだ。」
 今度は頬に触れた手にイーノックが小麦色の肉厚な手を重ねた。
「なんで言ってくれなかったんだ。貴方が見つかれば大変なことになるかも知れないって。貴方の口から消されるなんて聞いた時には心臓が止まるかと思った。」
 苦しげに翡翠の瞳を細めて、イーノックが囁くように言った。ルシフェルは言葉を探せないように視線を下したあと、ゆっくりと口を開いた。
「…すまない。しか、思いつかない。せっかくいろいろ言葉を覚えたのに、情けないな、出てこないんだ…。」
 イーノックは情けない顔をしているルシフェルの前髪を撫でて笑みを濃くした。
「大丈夫だ、問題ない。どんな言葉でも私は嬉しいよ。でも、今度はちゃんと言ってほしい。」
 ぎゅう、と体を抱かれて、肩にルシフェルが顔を埋めた。その背に手をまわして、子供にするようにポンポンと叩く。抱きしめられる直前の泣きそうな表情があまりに幼くて、イーノックは口元が緩むのをこらえられなかった。
 ガターン!
 処置室に響く騒音に、イーノックがびくりと跳ねた。おそるおそる音の方向を見れば、扉が外れて数人がなだれ込んでいた。
「ちょっと、おっさん!あんま押すなよ!」
「私だってみたいよ!君、背高いんだから後ろでいいでしょ!もっと年上敬いなさい。あーっ、ほんと隠しカメラ付けとくんだったーっ!」
「あ、悪趣味だよ、やめようよこんなの…。」
「その通りだなアルマロス。サリエル、父さん、ちょっとは自重しなさい。」
「そんなこと言って、ミカちゃんだって見たいんでしょ!このムッツリ!」
 ぽんぽん飛び出す言葉が3人の間で飛び交う。激しい応酬に一人オロオロするアルマロスがベッドを見れば、先ほどまで睦まじく抱き合っていた二人は離れてしまっていた。というか、名残惜しそうなルシフェルを残して、イーノックが布団にくるまってミノムシのようになっている。
 突つこうが揺すろうが頑なに顔を見せないイーノックがこうなった原因は無粋な客人にあるとルシフェルは気付いたようだ。
「そうだなぁ、腰を入れたパンチというのを試してみようか?お前らも嬉しいだろう。」
 地の底を這うような低音が響き渡る。
 あのひどく痛いセーフティーなしの拳が振るわれるのはもうすぐだ。



 終
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